建学の精神

建学の精神

建学の精神

尚絅学院は、1892年アメリカ合衆国のバプテスト派婦人外国伝道協会から派遣された女性宣教師たちによって「尚ケイ女学会」として創設されました。わずか9名の生徒で出発した尚ケイ女学会は、校名の出典ともなった中国の儒教の書『中庸』の一節「衣錦尚絅」と、『新約聖書 ペトロの手紙I』第3章3節~4節の言葉に示された人間のあり方を建学の精神としました。

衣錦尚絅(詩曰、衣錦尚絅、悪其文之著也)

中国の「礼記」の編章である古典『中庸』の一節です。金や銀、色鮮やかな糸で織られた美しい着物を着ていたとしても、それを見せびらかせて驕るのではなく、その上に質素な麻の打ち掛けをまとい、錦のきらびやかさをつつましく被うという君子の道を説いた言葉です。

「ペトロの手紙I」3章3節~4節

建学の精神を表すもひとつの言葉は、聖書の中にあります。「あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。むしろそれは、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた、内面的な人柄であるべきです。このような装いこそ、神の御前でまことに価値があるのです。」

尚絅学院の教育はこれらの言葉に導かれた建学の精神に基づき、内面を豊かに飾り、謙虚の心をもって他者と共に生き、社会に貢献する人間の育成を目的にスタートしました。その想いは119年経った今でも受け継がれ、より大きな想いとなり、尚絅学院の教育の土台となっています。

教育目標

キリスト教を土台に、人間のあり方を探り、他者とともに生きる。

校名の由来

校名は建学の精神となった「衣錦尚絅」(『中庸』33章)に由来します。「詩に曰く、錦を衣(き)て絅(けい)を尚(くわ)うと。その文の著(あらわ)るるを悪(にくむ)なり」というこの言葉は、もともとは『詩経』にあった「衣錦ケイ衣」から来ていると言われています。1892年9月頃に制定されたと推測されるこの校名は、当初「絅」ではなく「ケイ」の字を用いていましたが、1943年に出典の中庸の通り、「尚絅」と改められました。