連載コラム

スミスさん、今の資本主義をどう思いますか?

2010/04/01

文: 尚絅学院大学 学長 佐々木 公明(ささき こうめい) 文: 尚絅学院大学 学長 佐々木 公明(ささき こうめい)

 2008年秋に始まった世界同時不況は多くの人々に苦痛を与えていますが、一つだけ良いことは「資本主義経済の運行は、競争的市場に任せればうまく行く」という所謂市場原理主義への批判と反省が聞かれるようになり、アダム・スミスの著作を改めて読み直す動きが出てきたことです。アダム・スミス(1723-1790)は“経済学の始祖”と呼ばれ、著書『国富論』は中学校の社会科の教科書にも出てくるほど有名です。しかし、アダム・スミスはまず最初に『道徳感情論』を1759年に著し、1790年に没するまで、その改訂を加え続けたのです。『国富論』は『道徳感情論』の初版から17年を経て刊行され、これも没するまで改訂が続けられました。つまり、両方の本ともアダム・スミスが死ぬ直前まで手を加えているのです。しかし、「利他心」を基軸とした『道徳感情論』と「利己心」に基づく『国富論』の間には矛盾があると指摘されてきました。『国富論』第2章の有名な叙述「我々が食事ができるのは、肉屋や酒屋やパン屋の主人が博愛心を発揮するからではなく、自分の利益を追求するからである」と相俟って、アダム・スミスは「相互に利益となる市場での交換の動機には、自己利益とか自己愛以外は必要ない」と主張していると狭い歪んだ解釈が横行することとなったのです。しかし、2つの著書の間に矛盾があるのではなく、『国富論』は『道徳感情論』に含まれるサブシステムとして捉えるべきであると考えます。

  『道徳感情論』は人間の活動にとって重要な規範は何か?に応えるために書かれました。人は自分だけの状況に関心を持つのではなく、他人の状況にも関心を持ち、それによって影響を受けます。『道徳感情論』で、「人間がどんなに利己的でも、他の人々の運不運に関心を持ち、他の人々の幸福が彼(あるいは彼女)にとって必要なものである。この種類に属するのは、哀れみまたは同情である」と言っています。アダム・スミスは、人間にとって最も重要な規範は他者への「同感」(Sympathy)であり、「それは、もし私が本当にあなたであったなら、どんなに苦しめられるかを考える」ほどに他人に共感することだと言っています。

 それでは、アダム・スミスは私的な利益を求めるとか、利己心とか自己愛を否定しているのでしょうか? 彼は人間は「適正な」利己心を持つべきと考えています。アダム・スミスは人間の物質的欲求充足はその幸福の基礎になると考え、国を豊かにする動機は人間の利己心に基づくので、自己利益の追求と国の豊かさの関係の分析の必要性を痛感して、『国富論』を執筆しました。しかし、人間の幸福全体を考えるとき、利他性や他者への同感などが本質的に重要となります。したがって、人間の生きかたを研究したアダム・スミスの体系の中心は『道徳感情論』であり、『国富論』はそのサブシステムとして捉えるべきなのです。